伊賀上野城の矢穴石をめぐる

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伊賀上野城は筒井定次により築城され、その後慶長13年(1608年)に藤堂高虎が伊賀の地に入り大改修を行いました。この時の改修は対豊臣氏を意識して行われ、大坂城側にあたる西側に高石垣を築いたといわれております。

現在ある復興天守は、昭和初期に川崎克氏が私財を投じて建てたもの。「伊賀文化産業城」という別名もあるそうな。


北側の搦手にある階段、こちらにも矢穴石が


大納戸蔵跡あたりの西側、大きめの矢穴石がたくさん


矢穴痕の断面らしきもの発見!


比較対象はiPhone17、矢穴痕の大きさが一目瞭然


城代屋敷跡の南側、隅石にも矢穴痕がたくさんあります


天守台の石垣、やや小ぶりな矢穴痕が多い印象


でかい矢穴痕もまじっておりました


ここにも矢穴痕の断面らしきものがあります


恐怖スポットの高石垣、こちらの面に刻印があるのだとか


高石垣西南側の天端石にある掘りかけの矢穴石


伊賀上野城

場所:三重県伊賀市上野丸之内106