タグ: 矢穴

  • 大阪城の矢穴石をめぐる

    大阪城の矢穴石をめぐる

    大阪城内にある刻印石を除く面白い石たちを見てまわりました。


    噴水広場の矢穴石

    大きな矢穴石が芸術的に展示


    玉造門跡付近にある転用石

    逆さに「奉納」と刻まれたらしき石がありました


    山里口出枡形にある転用石と矢穴断面

    山里丸から坂を上り右側を見ると転用石があり、その一段上にある銃眼に矢穴の断面があります


    天守台北側の矢穴断面

    中央下側、目線のやや上あたりで発見


    青屋門付近の矢穴石

    内側やや北あたりの目立つ矢穴石、矢穴列の右端が断面


    桜門付近の矢穴断面?

    本丸の南側にある桜門内側、矢穴の断面にも見えるがはたして…


    大阪城

    場所:大阪府大阪市中央区大阪城1−1

  • 伊賀上野城の矢穴石をめぐる

    伊賀上野城の矢穴石をめぐる

    伊賀上野城は筒井定次により築城され、その後慶長13年(1608年)に藤堂高虎が伊賀の地に入り大改修を行いました。この時の改修は対豊臣氏を意識して行われ、大坂城側にあたる西側に高石垣を築いたといわれております。

    現在ある復興天守は、昭和初期に川崎克氏が私財を投じて建てたもの。「伊賀文化産業城」という別名もあるそうな。


    北側の搦手にある階段、こちらにも矢穴石が


    大納戸蔵跡あたりの西側、大きめの矢穴石がたくさん


    矢穴痕の断面らしきもの発見!


    比較対象はiPhone17、矢穴痕の大きさが一目瞭然


    城代屋敷跡の南側、隅石にも矢穴痕がたくさんあります


    天守台の石垣、やや小ぶりな矢穴痕が多い印象


    でかい矢穴痕もまじっておりました


    ここにも矢穴痕の断面らしきものがあります


    恐怖スポットの高石垣、こちらの面に刻印があるのだとか


    高石垣西南側の天端石にある掘りかけの矢穴石


    伊賀上野城

    場所:三重県伊賀市上野丸之内106

  • 方広寺の矢穴石をめぐる

    方広寺の矢穴石をめぐる

    豊臣秀吉が文禄4年(1595年)に日本一の大仏をつくるため創建された方広寺。初代大仏は地震で倒壊→大仏殿とともに焼失し、新たに大仏殿を建立する際に有名な「方広寺鍾銘事件」が起こりました。

    大仏殿跡から豊国神社・京都国立博物館にまたがり現存する西側の石積みに矢穴石があります。


    大仏殿石垣という石碑が立っている横の矢穴石


    比較的小さく浅い痕の残る矢穴石


    縦撮りじゃないと無理なほど巨大な矢穴石!


    ここから豊国神社のある石積みあたり、案内板裏にも矢穴石


    中央左下に「△」の刻印らしきものがある矢穴石


    広角レンズでぎりぎり撮れた矢穴石


    巨石を支える小さめの矢穴石たち


    中央やや左、白い石の右側に矢穴痕


    方広寺

    場所:京都府京都市東山区茶屋町527−2

  • 津城の刻印・矢穴石をめぐる

    津城の刻印・矢穴石をめぐる

    天正8年(1580年)に織田信長の弟・織田信包が築城、 慶長16年(1611年)に藤堂高虎が大規模な改修を行った城。

    代々藤堂氏が治めておりましたが明治時代に廃藩置県により建造物は破却され、現在は昭和に建てられた三重櫓(模擬)が残っています。


    模擬三重櫓のある東壁、「三」ではなく「一二」の刻印


    模擬三重櫓の下あたりにある転用石


    本丸内の東側、天端石にある「丸に大」刻印


    本丸内北側にある「十」刻印


    中央やや下あたり、逆さになった「い」刻印


    中央の扇子のような刻印と左下の「一二」刻印


    戌亥櫓跡南の石垣を、下からのぞきこんだら矢穴列


    珍しいとされる矢穴痕の断面を発見!


    もう一つ矢穴痕の断面発見、珍しいのだろうか…


    東多門櫓跡下の石垣にあった目立つ矢穴石


    左下に「琴柱」と思われる刻印、右隣に「〇」内に何らかの刻印


    津城

    場所:三重県津市丸之内5−1

  • 大阪市内の刻印・矢穴石をめぐる

    大阪市内の刻印・矢穴石をめぐる

    ①サムハラ神社

    もともとは岡山県津山市の日詰城という中世山城に祀られていたといわれる神社。サムハラ大神を信仰し戦争で危難をまぬがれた田中富三郎氏が私財で建立したのだとか。

    石碑とその下にある石に矢穴痕あり。


    ②贈従五位安井道頓安井道卜紀功碑

    江戸時代初期に道頓堀の開削を行った安井道頓・道卜(どうぼく)の功績をたたえた石碑。

    字の横にある矢穴列は存在感抜群です。


    ③玉造稲荷神社

    総研は紀元前であると伝わる神社。戦火により焼失していたものの、豊臣秀吉の時代に整備され徳川時代にも大坂城の鎮守神としして知られていたようです。

    矢穴石のほか、豊臣秀頼奉納鳥居あたりには刻印石があります。


    サムハラ神社

    場所:大阪府大阪市西区立売堀2丁目5−26

    贈従五位安井道頓安井道卜紀功碑

    場所:大阪府大阪市中央区島之内2丁目16−10

    玉造稲荷神社

    場所:大阪府大阪市西区立売堀2丁目5−26

  • 石樋の滝の刻印・矢穴石をめぐる

    石樋の滝の刻印・矢穴石をめぐる

    愛知県瀬戸市の文化財名勝に指定されている石樋の滝。知る人ぞ知るスポットのようですが、ここで近年刻印石が発見されました。

    滑るという口コミを見て滑らない(と思っていた)靴で訪れましたが、湿った岩場は想像以上に滑りやすく2回転倒。腰を打ち腕を擦りむくなどダメージを負いました。


    滝がある方に降りたらこんな感じ


    上の写真の丸い石あたりまで恐る恐る下る


    逆さになった「角に大」刻印、福島正則の丁場?


    のぞきこんだらわかる矢穴痕


    この矢穴石に気を取られコケました


    手前に矢穴痕、奥に矢穴列がある石たち


    降り口付近に埋まっていた矢穴石


    石樋の滝

    場所:愛知県瀬戸市水北町1075