2026年9月~10月にかけて開催されている「名古屋城夜間ライトアップ Be GOLD」。このイベントで、刻印を石垣に映し出す演出があると耳にし見に行ってきました。
まずはプロジェクションマッピングらしい様々な演出




名古屋城にある様々な光の刻印が、上から流れていく!
この演出を考えた人も刻印が好きに違いない




別角度からも堪能





2026年9月~10月にかけて開催されている「名古屋城夜間ライトアップ Be GOLD」。このイベントで、刻印を石垣に映し出す演出があると耳にし見に行ってきました。
まずはプロジェクションマッピングらしい様々な演出




名古屋城にある様々な光の刻印が、上から流れていく!
この演出を考えた人も刻印が好きに違いない




別角度からも堪能





本丸西にある高石垣の草刈りが行われたという情報を入手し、あると噂されていた「序数刻印(下からカウントアップしていく漢数字の刻印)」を探しに行ってきました。
草刈り後の高石垣!北側からと西側から


双眼鏡を除くと、思っていたより見づらい…

陽がちょうどよく差す午後を待ち、城下町を散策

クランク状の名残がある西大手門跡

本丸にあった新たな矢穴の断面がある石

矢穴交差点と勝手に呼んでいる石

午後になり、いざ序数刻印!…と思いきや、雲が広がり陽が上手く差さず。残念ながら刻印探索これにて打ち切り。

伊賀上野城
場所:三重県伊賀市上野丸之内106

天正8年(1580年)に織田信長の弟・織田信包が築城、 慶長16年(1611年)に藤堂高虎が大規模な改修を行った城。
代々藤堂氏が治めておりましたが明治時代に廃藩置県により建造物は破却され、現在は昭和に建てられた三重櫓(模擬)が残っています。
模擬三重櫓のある東壁、「三」ではなく「一二」の刻印

模擬三重櫓の下あたりにある転用石

本丸内の東側、天端石にある「丸に大」刻印

本丸内北側にある「十」刻印

中央やや下あたり、逆さになった「い」刻印

中央の扇子のような刻印と左下の「一二」刻印

戌亥櫓跡南の石垣を、下からのぞきこんだら矢穴列

珍しいとされる矢穴痕の断面を発見!

もう一つ矢穴痕の断面発見、珍しいのだろうか…

東多門櫓跡下の石垣にあった目立つ矢穴石

左下に「琴柱」と思われる刻印、右隣に「〇」内に何らかの刻印

津城
場所:三重県津市丸之内5−1

①サムハラ神社
もともとは岡山県津山市の日詰城という中世山城に祀られていたといわれる神社。サムハラ大神を信仰し戦争で危難をまぬがれた田中富三郎氏が私財で建立したのだとか。
石碑とその下にある石に矢穴痕あり。



②贈従五位安井道頓安井道卜紀功碑
江戸時代初期に道頓堀の開削を行った安井道頓・道卜(どうぼく)の功績をたたえた石碑。
字の横にある矢穴列は存在感抜群です。


③玉造稲荷神社
総研は紀元前であると伝わる神社。戦火により焼失していたものの、豊臣秀吉の時代に整備され徳川時代にも大坂城の鎮守神としして知られていたようです。
矢穴石のほか、豊臣秀頼奉納鳥居あたりには刻印石があります。




サムハラ神社
場所:大阪府大阪市西区立売堀2丁目5−26
贈従五位安井道頓安井道卜紀功碑
場所:大阪府大阪市中央区島之内2丁目16−10
玉造稲荷神社
場所:大阪府大阪市西区立売堀2丁目5−26

愛知県瀬戸市の文化財名勝に指定されている石樋の滝。知る人ぞ知るスポットのようですが、ここで近年刻印石が発見されました。
滑るという口コミを見て滑らない(と思っていた)靴で訪れましたが、湿った岩場は想像以上に滑りやすく2回転倒。腰を打ち腕を擦りむくなどダメージを負いました。
滝がある方に降りたらこんな感じ

上の写真の丸い石あたりまで恐る恐る下る

逆さになった「角に大」刻印、福島正則の丁場?

のぞきこんだらわかる矢穴痕

この矢穴石に気を取られコケました

手前に矢穴痕、奥に矢穴列がある石たち

降り口付近に埋まっていた矢穴石

石樋の滝
場所:愛知県瀬戸市水北町1075

愛知県蒲郡市の竹島も名古屋城築城時に石を切り出された地。島のまわりを見て回れば、残された矢穴石があちらこちらにあります。
ここでは毛利秀就が採石したらしく、名古屋城の毛利丁場にもある刻印が残っておりました。
竹島駐車場から竹島橋を渡り竹島へ

竹島のシンボル、矢穴列だらけの「焙烙岩」

焙烙岩の南側にある、毛利氏の「生駒車」+「丸に一」刻印

普段は海に沈んでいる矢穴石たち

遠くに見える山々にも採石地がちらほらあるようです

こちらは島の南側あたりにある矢穴石

きれいな矢穴列が残る石

竹島
場所:愛知県蒲郡市竹島町